フィラデルフィア管弦楽団は、かつて全米五大オーケストラの一つとされ、現在でも世界有数のオーケストラの一つと目される名門管弦楽団である。ペンシルバニア州フィラデルフィアを拠点とし、フィラデルフィア、キメル・パフォーミング・アーツ・センターで定期公演を行なっている。
フィラデルフィア管弦楽団は1900年に、初代指揮者を務めたフリッツ・シェールによって創設される。1907年にカール・ポーリヒが後任となる。継いで1912年に首席指揮者となったレオポルド・ストコフスキーによってフィラデルフィア管弦楽団は世界的なアンサンブルへと成長を遂げた。ストコフスキーの時代にフィラデルフィア管弦楽団は1927年のラフマニノフのピアノ協奏曲第4番の世界初演の他、マーラーの交響曲第8番、「大地の歌」、R.シュトラウスのアルプス交響曲、ストラヴィンスキーの「春の祭典」等のアメリカ初演を行なった。特に、1916年のマーラーの交響曲第8番のアメリカ初演は大きな反響を呼んだ。
その後、1936年にストコフスキーを継ぎ38年に音楽監督に就任したユージン・オーマンディの時代は実に42年間も続いた。オーマンディは幅広いレパートリーを誇り、ストコフスキーが築き上げたものに、さらに磨きをかけた。オーマンディもストコフスキーと同じく、現代音楽の振興に力を入れ、数々のアメリカ初演、世界初演を行なってきた。オーマンディはフィラデルフィア管弦楽団のヴィルトゥオジティを高め、華麗なるフィラデルフィア・サウンドを作り上げた。この間、1936年にはラフマニノフの交響曲第3番、40年にシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲、41年にバーバーのヴァイオリン協奏曲、46年にバルトークのピアノ協奏曲第3番が世界初演された。また、マーラーの交響曲第10番(クック版)、ショスタコーヴィチの交響曲第13、14、15番のアメリカ初演も行なわれた。
1980年、オーマンディは桂冠指揮者に勇退し、イタリア人のリッカルド・ムーティが音楽監督に就任し、1983年からはコンサート形式でのオペラ公演が取り入れられるようになった。1993年シーズンからは、ドイツ人のヴォルフガング=サヴァリッシュが、2003年~2008年にはクリストフ・エッシェンバッハが、2008年9月よりシャルル・デュトワが音楽監督を務めている。
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