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中・四国唯一のプロオーケストラである"広響"は、1984年に音楽監督・常任指揮者として、日本音楽界の重鎮であった渡邉曉雄氏が就任し、演奏内容・楽団規模とも大きく発展した。その後、関健、田中良和、十束尚宏の各氏が音楽監督を歴任し、1998年4月より日本を代表する指揮者である秋山和慶氏が首席指揮者・ミュージックアドバイザー、そして2004年4月からは音楽監督・常任指揮者を務める。また1995年4月から2002年3月まで、飯森範親、小田野宏之、渡邊一正の各氏が正指揮者として、2002年4月から2004年3月まで、日韓両国で活躍する金洪才(キム・ホンジェ)氏が専属指揮者をそれぞれ務めた。
1991年10月24、25日にウィーン国連事務局とチェコ政府の招きによりウィーンとプラハで「 広響国連平和コンサート」を開催。両国で熱烈な喝采を浴び大成功を収めると同時に、平和文化使節としての大役を果たした。
1993年3月、初の東京・大阪公演を東京芸術劇場とザ・シンフォニーホール大阪で開催。多くの聴衆に感動を与え、大成功を収めた。
1995年8月、戦後50周年を迎えるなか、広響は被爆地広島のオーケストラとして、細川俊夫の「ヒロシマ・レクイエム」、團伊玖磨の交響曲第6番「HIROSHIMA」などを演奏し、世界平和を訴えた。
1997年度はプロ改組25周年を迎え、フォーラム「21世紀の地方オーケストラ像を考える」や、記念パーティー「ファンの集い」など様々な事業を展開した。また7月よりRCC(中国放送)による広響のテレビ番組「ひろしまシンフォニー」もスタートし好評を博している。同年10月10、11日には2度目の海外公演となるフランス「ノルマンディーの10月」音楽祭に出演。ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」他を十束尚宏氏の指揮で演奏。その熱演ぶりはフランスの聴衆から絶賛の拍手を受け、各紙からも好評を博し、特にルアーブル・プレス紙では「広響の素晴らしい演奏は平和と希望のメッセージを放った」と評され、平和文化都市「広島」のオーケストラとして、そのヒューマニズムをフランスの人々に訴えることに成功した。
1998年3月、第181回定期演奏会では細川俊夫氏に委嘱した新曲「記憶の海へ」〜ヒロシマ・シンフォニー〜を世界初演し、好評の内にプロ改組25周年を締めくくった。4月には首席指揮者・ミュージックアドバイザーとして秋山和慶氏が就任。6月、「就任記念コンサート」を開催し、満員の観客を迎えての、ホルスト:組曲「惑星」は絶賛を博した。
1999年8月6日、世界音楽祭「オーガスト・イン・ヒロシマ'99」の主催事業として「広島平和コンサート」を開催し、マーラー:交響曲第2番「復活」を演奏。その渾身の熱演は満員の聴衆に大きな感動を与えた。
2000年2月、東京すみだトリフォニーホールが主催する「第3回地方都市オーケストラフェスティバル」に出演。秋山和慶指揮によるチャイコフスキー・プログラムで聴衆を魅了した。同年4月、第200回記念定期演奏会を迎え、秋山和慶指揮でレスピーギの「ローマ3部作」等を熱演、記憶に残る記念すべき演奏会となった。この公演はCDとしても発売された。
2002年10月の第223回定期演奏会では、エストニアの作曲家トゥビンの交響曲第3番「英雄的」の日本初演を行った。
2003年3月、「地方都市オーケストラフェスティバル2003」へ出演。また10月には、ロシア・サンクトペテルブルグ建都300周年記念祭実行委員会の招きにより、フィルハーモニー大ホールで2公演を行い、絶賛を博した。この公演に際し、ユネスコより日本のオーケストラとしては初となる「文化対話賞(ユネスコメダル)」を受賞。
2005年10月には「日韓友情年2005」の事業として初のアジア公演となる韓国公演をソウル、プサン、テグで行い、その模様はラジオ・テレビで韓国全土に放送され、平和と希望のメッセージを発信した。
2001年度からは、文化庁よる「我が国の芸術水準向上の牽引力となる芸術団体への特別支援事業」である『アーツプラン21』の指定団体となり、各方面から今後一層の活躍を期待されている。
現在"広響"は、広島厚生年金会館を拠点とする年10回の定期演奏会、呉・福山・廿日市・島根などでの定期演奏会をはじめ、学校コンサートや巡回コンサートなどの市民に密着したコンサートまで、年間約130回におよぶ演奏活動を行っている。これまでに、「広島市政功労者賞」「広島文化賞」「広島ホームテレビ文化賞」「地域文化功労者賞(文部大臣表彰)」「第54回中国文化賞」「第17回県民文化奨励賞」「第5回国際交流奨励賞」を受賞。
(広島交響楽団HPより)
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