テレビのCMやドラマやフィギュアスケートのテーマ曲としても頻繁に使われているラヴェルの「ボレロ」ですが、同じメロディが延々と繰り返されるだけというシンプルな構成にもかかわらず古今の名曲といわれる所以は、天才ラヴェルによる絶妙な楽器を駆使した千変万化するオーケストレーションが施されているからでしょう。 曲は、小太鼓のリズムが延々と繰り返される中(計169回)、次々と異なった楽器により2種類のメロディが奏でられていきます。一般には、同じメロディとリズムを繰り返すだけの簡単な曲と思われがちなボレロですが、実はアマチュア・オーケストラなどでは「ソロの競演」がネックとなって滅多に演奏されることはありません。 その中でもファゴットとトロンボーンはハイトーンでのソロのため特に演奏が難しいとされています。トロンボーン奏者にとっては「鬼門」と呼ばれるこのソロは、曲が始まって10分ほどしたところで(ボレロの演奏時間は16分ぐらい)、それまで楽器を吹かずにいた後にいきなりソロが始まります。そして、その出だしの音というとトロンボーンの音域の最高音に近い音から始まって、さらに上がって行くという非常に難しいソロなのです。 クラシックの名曲にまつわる謎や聴きどころを探っていくという「名曲探偵アマデウス」でも、1981年にカラヤン&ベルリンフィルの来日公演で「ボレロ」が演奏された時、トロンボーンのソロがボロボロだったことがあり、その様子が放送されていました。のちにこのトロンボーン奏者がベルリンフィルを退団したため(これが理由かどうかは不明)、「ボレロ」のソロでしくじったのを苦に自殺したという噂が流れました。 現N響のトロンボーン奏者、池上亘さんも「オーケストラが好きになる辞典(緒方英子著)」の中で、「あのソロは、指揮者やオケ、そしてお客さんみんなから固唾を呑んで見守られる、気を使われるというのが一番嫌なんですよ。技術的な面はちょっと音が高いかな、というくらいで難しいことはないんですが、7〜8分の間ずっとみんなから気を遣われて、とてもプレッシャーがかかります。」とおっしゃっています。 このように難曲といわれる「ボレロ」のトロンボーン・ソロですが、通常の演奏でも難しいとされているのに1950年代から、カラヤン晩年のベルリン・フィルのソロ・トロンボーン奏者のヨハン・ドムス教授は、その1オクターブ上のダブルハイBからボレロのソロが演奏出来たそうです。